前回お話したように、ウラジミールはウクライナを案内してくれた有能なガイドです。彼が、「ぜひ見せたい景色がある」と言うのです。そこで、クレーヴェンという町に長いドライブにでかけました。途中、彼はウクライナについていろいろ話してくれました。
91年にソ連邦から独立したの後、ウクライナの庶民の経済状態は混迷を続けました。ようやく、社会主義者の支配から逃れ、自由な国々の仲間入りができたはずでした。ところが、生活は一向によくなりません。誰が、何をすべきか考えるのに、準備が十分ではありませんでした。
旧ソ連時代は曲がりなりにも職は保証され、退職後の年金も少なからず支給が期待できました。確かに、西欧の自由な社会は魅力的です。しかし、それまでの誰かに従うだけで良い時代から、西からの急な市場経済の洗礼に戸惑う人々も多かったのです。
このため一部の権力者などに利権が集中し、様々な組織は汚職の寝床となる状況も続きます。社会が混乱する中で、「以前の旧ソ時代の方がましだ」と考える人も少なくなかったのです。若者も、学んだ知識を生かす場所を探すのは容易ではありません。ウラジミールの場合は、語学力と地理的な知識を使い、様々な調査のガイドを続けていたのです。
願いの叶うトンネル
ウラジミールのとっておきの場所、「愛のトンネル」です。ここは、ウクライナの若い世代が訪れる場所です。経済状態が良くない中で、お金をかけた遊びなどはできるはずもありません。彼は、ある女性と出会い、交際を続けました。そして、このトンネルを二人で歩くと、以降固く結ばれると聞いたのです。
愛のトンネルは貨物列車が通る線路上にあり、クレーヴェンからオルツィブという所まで、6キロ以上も続いています。まれにしか通らない列車のせいで、森の木が生い茂り、まるで緑のトンネルのように覆いかぶさっています。木々の間に光が差すと、不思議な緑色のグラデーションを醸し出します。
ウラジミールが共に歩いた女性が今の奥さんです。子供ができ、旅行に連れて行こうと考えたのですが、余裕がなく、遠出はできません。二人は新婚旅行もできていなかったことを思い出し、二度目は、子供と3人で森の緑の線路の上を歩きました。
ウラジミールは2013年にウクライナのロシアからの脅威に対抗する運動ユーロマイダンに参加し戦いました。でも、この時の話を聞くと言います。「もう誰かのためには、戦わないよ。今は家族があるからね。僕にとって一番大切な守るものだ。」
2022年2月、ロシアがキーウ近郊まで侵攻しました。その状況を尋ねようとしたのですが、ウラジミールとの連絡は途絶えました。家族を残して、前線に向かってしまったのです。
彼をガイドとして紹介してくれたウクライナの友人からメールが届きました。まだ戦場から戻っていないそうです。でも、奥さんは帰宅を待ち続けているそうです。「必ず無事に戻るから。そしたら、また3人で愛のトンネルを歩こう」、その言葉を信じて。